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わたしの好きなもの。日々の記録。

量より質

この間、中高の友人に誘われて久しぶりにカラオケに行った。

カラオケなんて各々が歌いたい曲を歌っているだけだし、内容の濃い話をするわけでもないけれど、たったの数時間いっしょに過ごしただけで、中高時代の青春がフラッシュバックしてきた。

もう戻れない場所。

その渦中にいるときはなんとも思わなかったけれど、あの輝きと楽しさと大切さは特別なんだと、ひしひし感じる。

 

わたしは友達が多い方ではない。

でも、いざという時に頼れる友達はちゃんといる。

 

広く浅くが悪いわけではないけど、年々としを重ねるたび、量よりも質なのだと実感する。

広く深くができる人のことはただただ、尊敬しているけれど。(果たしてそれが可能なんだろうか。)

これまでで厳選されてきた友人たちのことは、何があっても大切にしたいとおもうし、世間からたとえどういう目でみられようとも(そんなことがないのが一番だけど)、わたしは最後まで信じたい。

きっと彼らとは、この先どれだけ物理的な距離が離れようとも、いつだってそばにいられるんだろうな。

 

そんなひとがひとりでもいてくれることが、しあわせだ。

ゆとりを責める大人たち

これだからゆとりは…と一括りにして責めてる大人こそ、常識や最低限のマナーが欠落していると思う。

 

その人たちはどうしたって、何かしらの理由をつけて誰かを責めたいのだ。その行為に自分の存在意義を見出しているのだろう。

すべてを誰かのせいにして生きてきた人たちなんだろうな、と可哀想に思うと共に、そんな人たちにバカにされている世代ということに悲しくなる。

 

年齢を言っただけで「あ、ゆとりね…」と言われ、「世間ではそう括られてますね…」と苦笑いするしかない。

一部のマナーが悪い人たちなんてどの世代にもいるはずなのに、そこだけを抜き取ったようにクローズアップして、これだからゆとりは…という言葉を多用する。

 

わたしはそんな年齢の重ね方はぜったいにしたくない。反面教師。

書くこと、記憶の容量

今日、高校生から大学1年生にかけてひっそりとやっていたブログを発掘した。

 

ほんとうに「発掘」という言葉がぴったりなくらい、わたしの記憶から忘れ去られていたし、書いた内容も自分が経験したとは思えないくらい、記憶の引き出しの奥の方にきっちりしまい込んで鍵をかけていたようだ。

こんなことあったっけ…?の連続で、自分の記憶力に自信がなくなってしまった。

 

これだけ嬉しかったんだから、これだけ悲しかったんだから、これだけ感動したんだから、ぜったいに忘れるもんですか!と思っていたはずなのに、思い出の記憶だけはちゃんとしていると思っていたのに、そんなの幻想だった・・

強烈に記憶の輪郭がはっきりしているのはほーーーーんの一部で、意外と人間の(いや、わたしの?)記憶の容量ってちっぽけだったんだな、なんて思った。

 

だからこそ、こうやって文字で残しておくことって後々自分自身の思い出になったり、糧になったり、肥やしになったりするんだろう。

 

正直、自分の昔のブログなんて恥ずかしすぎて見るのを躊躇ったけれど、思い出が次々と出てきてなんだか微笑んでしまった。

闇は中2だけと思っていたけど、実際そんなことなかったなあ。

今のわたしが数年前の文章を読んで恥ずかしいと思っているのだから、きっと今の自分が書いた文章を、数十年後の自分が見たらまた同じ感情を抱くでしょう。

でも、稚拙な文章だとしても、すきなのだから、ずっと書き続けていられたらいいな・・と今は思います。

理想と後悔

入ってるサークルがゆえ、割と普段から音に触れる機会は多いのですが、今日は一段と音楽と時間を共にする日でした。

音にひたひたと浸って、嬉しさと悔しさがじわり。

 

音に触れるのは、時間も気持ちもゆったりどっしりと構えられるようになるので好きです。

生き急ぎすぎて苦しくなったときは、意識的に音楽を聴くようにしています。

 

だからこそ音楽の理想も高くなるし、その分理想に届かずに心が折れそうになったりもする。

何事も、極めたり好きだったりするとそれに対する目標や理想が高くなってしまうと思うんです。

弛まぬ努力が必要なのは頭ではわかってるはずなのに、きっと一瞬一瞬全力では取り組めていなくて、だからこその結果なのに、自分の落ち度に目を向けずに栄光を手にしている人を恨めしげにみることしかしない。

そんな自分が嫌で、何もできないことが悔しい。

この気持ちを忘れなければ、きっと全力で取り組めるはず‥。

甘い考えかもしれないけれど、こうやって残しておくことで何か自分が変われるかもしれないんじゃないかなあ‥。

 

ずっと音楽にひたひたでいたいからこそ、今できることをせねば。気持ちを新たに引き締めようと思います。そんな決意の日。

10月読書日記

読書日記、はじめました。

備忘録のためと目標の20冊を達成するために、記録します。

 

1.三毛猫ホームズ失楽園

先の展開が途中でわかってしまう作品かなあと。登場人物の関係性は複雑だけどそこまで読みづらくはなかった気がします。

三毛猫ホームズの失楽園 (角川文庫)
 

 

2.三毛猫ホームズの無人島 

三毛猫ホームズの無人島 (光文社文庫)

三毛猫ホームズの無人島 (光文社文庫)

 

 

3.三毛猫ホームズの大改装

赤川次郎三毛猫ホームズシリーズ、第34作目のお話。

大改装は(リニューアル)と読みますが、その名の通り、様々な「リニューアル」が絡んだ事件となっています。

三毛猫ホームズの大改装 (角川文庫)

三毛猫ホームズの大改装 (角川文庫)

 

 

4.三毛猫ホームズの危険な火遊び

三毛猫ホームズの危険な火遊び (光文社文庫)

三毛猫ホームズの危険な火遊び (光文社文庫)

 

 

5.三毛猫ホームズの花嫁人形

三毛猫ホームズの花嫁人形 (光文社文庫)

三毛猫ホームズの花嫁人形 (光文社文庫)

 

 

6.三毛猫ホームズのびっくり箱

 

7.三毛猫ホームズの駈落ち

三毛猫ホームズの駈落ち (角川文庫 (5946))

三毛猫ホームズの駈落ち (角川文庫 (5946))

 

 

8.リカ

三毛猫ホームズシリーズにどっぷりと浸かっていたので(もっぱら文庫に手を出さず)、久しぶりに紙で違うものを読みたくなりこちらをチョイス。

ドロドロのホラーミステリー三毛猫ホームズは割と軽めのミステリーで、犯人が抱える切ないどうしようもない思いに心痛むことはあっても、後味の悪さを感じることはなかったので、久しぶりの感覚でした。

リカ (幻冬舎文庫)

リカ (幻冬舎文庫)

 

 

9.夜は短し歩けよ乙女

京都が舞台のこの作品。知っている場所や聞いたことがある通りの名前など、すごく近くに感じながら読むことのできる一冊でした。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

 

 

10.三毛猫ホームズ最後の審判

ノストラダムスの大予言など、実際の世間でも騒がれていた「終末論」がテーマのお話。

なんといっても、黒幕の正体に衝撃。

三毛猫ホームズの最後の審判 (角川文庫)

三毛猫ホームズの最後の審判 (角川文庫)

 

 

すいすい読めてしまうので、三毛猫ホームズシリーズが多め。コンプリートしたいのでこれからも読み続けると思います。

他のジャンルにも手を出せたらいいなあとは思うけど。

10月は目標達成ならず…なので、11月こそはがんばります。

 

違う景色に出会う

怒涛の1週間が終わり、ゆっくり時間を使えるしあわせをひしひしと感じている、いま。

朝起きてせかせかと用意をしなくてよいだけで、こんなに気持ちにも余裕ができるとは!

 

なので今日は自分のためにゆっくり時間を使うことに。

 

わたしはなるべく、違う景色に出会う瞬間を増やそうと試みている。なぜかというと、いつもバスで通る道を歩いてみるだけで、新しい景色に出会えるから。

普段さらっと見逃している小さなものに気づけるし、ほっこりした場面に出会えることが多い。

わたしは元々お散歩が好きだから、距離が許容範囲内で時間に余裕があるときは、歩く方を選んでいる。

 

見慣れた景色は親しみがあるけれど、新しい景色には面白さがある。

今日は友達のバイト先へシュークリームを買いに。

久しぶりにみた駅前商店街の姿に、地元の懐かしさが重なってほかほかした気持ちになった。

寝溜め ではなく 休み溜め

寝溜め、というのはよく使われる言葉だけれど、わたしは「休み溜め」もあると思っている。

明日から1週間、休むことなく動かなければならない予定なので、今日はとことん休み溜め。

ベッドと大親友のいちにち。大満足!

 

次に自分のベッドに帰れるのは土曜日・・

睡眠が何よりのしあわせなわたしにはちょっとだけ酷な1週間になるだろうけど、無事に乗り切ることができますように。